第7回市民財団奨励賞

第7回市民財団奨励賞 3作品が決定しました。

芸術の部 

(1)作品名 ミュージカル 「砂浜のエレジー ~肥後の石工恋唄~」
   団体名  熊本オペラ芸術協会

●選考理由
江戸時代の素朴な若者のロマンと幸せな日常に突然襲い掛かった津波の悲劇を繰り返してはならないとの願いを込めて、熊本オペラ芸術協会はミュージカルとして新作・初演し、その本拠地である平成音楽大学の熊本地震からの復興を支えてくれた人々への感謝と、亡くなられた方々の鎮魂と、復興に励む人々への激励を願って企画し、その願いを芸術的結実度の高い表現で多くの人々を感動させた。

(2)作品名 音楽劇『楽しいわが家』
   団体名 「楽しいわが家」制作実行委員会

●選考理由
戦時中、国民歌謡第一号になった「やすくにの」の作詞者の家族をモデルにした音楽劇で、日中戦争が始まり凩の時が始まろうとしていた時でも巷には青空があり、人々の暮らしの中に家族の愛と喜びと音楽があり、再び戦争が訪れることがなく平和な暮らしが続くようにと願っての企画を演劇の舞台に誰でも知る歌と踊りを加味した舞台を作り上げ、笑いを呼び、時代を共有させ、また、若くして戦死した青年将校の詩には涙を流させるなど観衆の共感を呼んだ。

学術の部

(3)作品名 「サブプライム金融危機と国家市場経済」蒼天社出版
   団体名  坂本正 元熊本学園大学長

●選考理由
リーマンショックの発端となった米国の低所得者住宅融資を表す「サブプライムローン」と言う言葉を紹介定着させ、金融危機時に政府が民間企業に支援する体制を「国家市場経済」と定義して、「政府は市場に介入すべきではない」という定説を覆した状況を分析し、昨今の経済的脆弱性を「金融危機以降続けられている景気刺激策による政府や中央銀行の財政悪化で、次の金融危機には支援能力がない」と分析、警鐘を鳴らしている。緊急の課題を中国との共同研究で集大成し国際的な注目を浴びている。

第7回奨励賞受賞にあたって

コロナに打ち克つ文化活動
理事長 小野友道

 第7回奨励賞が決定しました。新型コロナ感染症の影響を受けて、贈賞式を行うことが叶いませんでした。申し訳ない気持ちで一杯です。しかし、受賞者皆様から慶びのお声を頂戴し胸を撫でおろしています。おめでとうございました。そして有難うございました。
 コロナの影響で熊本の文化活動も壊滅的な影響を被っています。しかし、人類はそう簡単には打ちのめされません。歴史を繙きますと、多くの災害や感染症流行などの経験から、我々の先輩は新しい芸術作品あるいは学術成果を上げてきたのです。今回の受賞者の方々、そして多様な文化活動に取り組んでおられる同士の皆様、今はひたすらマスクをし、コロナをやり過ごしてください。その中で、コロナが引き起こしている諸々の社会現象を、それぞれの研ぎ澄まされた五感で観察し、次なる活動のためのマグマをたっぷり貯めて頂きたいのです。そして時機をすばらしい成果をご披露して下さい。

「熊本オペラ芸術協会」
会長・芸術監督/作曲家・指揮者 出田敬三

このたびはミュージカル「砂浜のエレジー」~肥後の石工恋唄~(出田敬三作曲・指揮/古木信子原作/松岡優子脚本・演出)新作・初演におきまして、第7回市民財団奨励賞を受賞できましたことを心より感謝申し上げます。2014年の異空間オペラ「魔笛」~肥後くまもと魔法の笛~(モーツァルト作曲)に続く、2回目の受賞を大変嬉しく思っております。熊本オペラ芸術協会は熊本で最も長い歴史を持つオペラ団体で、これまでも地域の題材を基にしたオペラを数多く上演してまいりましたが、この作品は熊本地震復興を祈念して作られた初のミュージカル作品です。創作のきっかけは公演のおよそ1年半前に古木信子氏から送られてきた一つの原稿でした。地震と津波で最愛の人を失った石工の林蔵が悲しみを乗り越えて立ち上がる姿、人間愛とひとつのことに賭ける情熱等と私たちが経験した熊本地震とが重なってイメージしたものが即興的にメロディーとして溢れてきました。2016年の熊本地震では本協会の本拠地である平成音楽大学は校舎の約8割が倒壊いたしました。それから約3年半を経て、昨年8月に新キャンパスの完成となりました。その間、国内外の多くの方々からたくさんの温かいご支援をいただいております。その方々への感謝の想いを込めて、この作品は上演されました。ピアノ、電子キーボード、電子オルガン、パーカッションによるオーケストラ、原作者のナレーション、客演・協会員等によるソリストや平成音楽大学学生による合唱団の方言を交えたテンポの良いセリフ、リズミカルでコミカルなダンス、よさこい演舞を織り交ぜて、演出、そして舞台スタッフによって音楽と演技とが一体となったすばらしい感謝の舞台となりました。私を含め、すべての出演者、スタッフがこの作品によってひとつになり、力の限りを尽くして臨んだこの舞台は私共にとっての宝物です。(初演2019年9月20日・再演2020年2月2日)

 コロナ禍にある現在、歌うこと等の舞台表現活動が制限されていますが、地域に根差した芸術文化の発展のために協会員一同さらに研鑽を重ねてまいります。今後ともよろしくお願い申し上げます。

ミュージカル「砂浜のエレジー」~肥後の石工恋唄~より

音楽劇「楽しいわが家」
座付戯作者 井上智重

 本来は総支配人(プロデューサー)の小川芳宏さんが代表し、御礼を申すところですが、楽屋裏を知り尽くしている戯作者の立場で一講釈を。
 毎回、実行委員会を立ち上げ、公演しておりますが、実は七作目にあたるお芝居です。一回目は東大名誉教授平川祐弘先生に台本をお願いした夢幻能様式の「青柳」、二作目は作家の出久根達郎先生の「庭に一本なつめの金ちゃん」、三作目は「わが青春のムーランルージュ」、四作目が半藤一利作「夢・草枕―桜吹雪の峠の茶屋」のリーメーク、そして「アイラブくまもと 漱石の四年三カ月」、「ハーンが見た『熊本のこころ』」、音楽劇「楽しいわが家」となります。五作目の「アイラブくまもと――」までは新宿でも公演しております。浜畑賢吉さんがかかわられるようになったのは三作目からで演出、脚本、主演もお願いするようになりました。私も「わが青春―」や「アイラブ―」「ハーンが見た―」、そして「楽しいわが家」の原案・作、共同台本にかかわり、座付戯作者を称しているわけです。
 こうした夢芝居ができたのもお菓子の香梅副島隆会長あってのことです。
 さて、音楽劇「楽しいわが家」のお話です。下通に「山脈」という純喫茶がありました。ギシギシ音のする階段を上り、ドアを押すとカウベルの音がします。蝶ネクタイをした長身白皙のマスターがカウンターの向こうに立っていて、座席にすわると白いブラウス、黒いスカートの夫人が注文を聞きにきます。お腹をすかせた貧乏学生の私はよくホットケーキを頼んだものです。四人ほどが向かい合って座れるテーブル席に女子大生が一緒になることもありました。いまのカミさんです。中島みゆきに「相席」という歌があり、「あいかわらずね、この店のマスター、客をちゃんと見ていない」という歌詞を聞くたびに、顔が赤らみます。実はちゃんと客を見ていて、見てないふりしていたマスターこそ、浜畑さんが演じられた大江捷也さんです。
 そうした貧しくも恥ずかしいわが青春の思い出をちょっぴり入れ、大江さんの尊父、大江一二三さんの物語を音楽劇としたものがこの作品です。半世紀以上にわたり熊本の文化活動を担ってこられた大江捷也さんに対するオマジューもありますが、戦死した部下立山英夫中尉の母に宛てた弔電「ヤスクニノ ミヤにミタマハ シズマルモ ヲリヲリカヘレ ハハノユメジニ」に秘められた日本のこころ、それを作曲した信時潔の鎮魂の思いがこの舞台に魂を入れました。立山中尉が母への思いをつづった詩を浜畑さんが読み上げ、「お母さん、お母さん…」と二十四回繰り返されると会場にすすり泣きがもれ、さざ波のように広がっていきました。私の目も滲んでいました。
 昼夜二回合わせて千四百人の方々に見ていただきましたが、「感動した」と皆様からいわれました。冗漫な原作台本を見事に再構成された浜畑さんの包丁さばき、音楽デザインの春日信子さん、そして初回からスタッフ、キャストを束ね、舞台を形づくってこられた堀田清さんによるところがありました。
 副島会長には副委員長にまわっていただき、福田稠さんに実行委員長になっていただきましたが、実行委員の皆さんに協賛広告からチケット販売までずいぶん無理を申しました。
 コロナ禍を乗り越え、またやります。十一月二十五日、市民会館シアーズホーム夢ホールで「きょうも隣に山頭火」です。昼の部には五木寛之さんの特別講演付きです。

コロナ不況と国家市場経済
熊本学園大学シニア客員教授 坂本 正

 新型コロナウイルスの脅威はすさまじい。世界規模の感染が続いているので、そう簡単に収まりそうもない。早期発見、早期治療、そのための検査、隔離、ワクチンと治療薬の開発、医療機器の手配と病床の確保、インフルエンザとの複合化に備えた発熱外来の整備、医療従事者の健康管理と病院経営の救済…。課題は山のようにあるが、経済回復を見据えて、コロナ共存を前提にした人の移動が進めば、東京から地方への感染、海外からの感染者の流入を果たして食い止めることが出来るのか。厳しい状況下で世界規模での経済不況は避けられそうもない。東京は豊かな財政力でオリンピック誘致を進めてきたが、今は一気に財政危機だ。
 コロナ対策の費用と経済不況で、日本の財政は危機的状況になると予想されるが、今のところ打つ手はない。実はコロナ対策以前に昨年末から日本の経済は悪化していた。消費税増税の経済へのマイナス効果が大きいが、リーマン・ショックからの不況脱出策のマイナス面の方が基本問題で、大規模な財政支出、国債発行を進め、日銀がその国債を市場から大量に買い込むという未曽有の政策をとってきたが、効果が上がらなかった。
 深刻な経済不況の際に経営危機に陥った銀行を救済するために政府が公的資金を投入するという政策を、私は国家が市場経済を維持するための国家市場経済と名付けたが、リーマン・ショックの時、アメリカや欧米主要国もこの政策をとった。実はその先行事例は日本で20世紀末の金融危機の際2度にわたって、主要銀行に政府が資本注入を行い、公的資金投入の先鞭をつけた。これは緊急政策で経済が回復すれば政府が介入することのない市場経済に戻るのが筋だが、日本はそれからも大きく外れてきた。景気回復の金融政策としてアメリカが超金融緩和政策を行ったが、日本だけが株式も買い込むなど大規模にいわば異次元でその政策を続けている。本来政府から独立した金融政策をとるべき中央銀行が、政府の政策の先頭に立って国債を大量に買い、他方、株式市場で大企業の大株主になる姿は誰も想像しなかったものだ。日本版の国家市場経済だ。
 日銀が国家市場経済の一翼を担うことで日本はまだ本来の市場経済には復帰できていない、厳しい状況にあるが、これは金融・財政危機の前兆ではないか。『サブプライム金融危機と国家市場経済』はそういう警鐘を込めたものだ。
 どうも不安は的中した。日本はこれ以上赤字国債を発行できないほど厳しい財政状況にあるのではないか。日銀は財政ファイナンスといわれる形で国債を引き受けてきた。今や国債の直接引き受け状況にまで踏み込んだのではないか。これが市場経済と呼ばれる状況と大きく違っているのは明らかだ。コロナ不況と財政・金融危機の複合危機になるとどうなるのか。果たしてこの本の続編はどうなるのか。不安な日々を過ごしている。

Posted on July 6, 2020 and filed under 市民財団奨励賞.